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浅草橋周辺の26史跡説明
この史跡説明は台東区設置の現地説明板や同区発行の諸本、民間発行の史跡関係諸本、又、江戸地誌研究家の話を参考にしてまとめたものである。
(9)鳥越川と鳥越橋跡(江戸期は天王橋、明治期は須賀橋ともいった)
上野の不忍池から今の上野4丁目を通り、今の小島1丁目5〜6にあった三味線堀に流れていた忍川が、今度は鳥越川となって浅草橋5丁目〜3丁目を通って隅田川に流れていた。
鳥越川は農産物や建築資材、おわい等生活物資の運搬に利用され、三味線堀はそれら運搬船の船溜りだった。
御蔵前通り(今の江戸通り)とぶつかった所には鳥越橋(天王橋)が架かっていた。この橋は切絵図にあるようにニ本架かっていた。一本は架け替え時等のための予備の橋だったという。丁度今の須賀橋交番前である。鳥越川は大正の大震災後次第に埋め立てられ今は暗渠(あんきょ)になっている。