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浅草橋周辺の26史跡説明
この史跡説明は台東区設置の現地説明板や同区発行の諸本、民間発行の史跡関係諸本、又、江戸地誌研究家の話を参考にしてまとめたものである。
(14)浅草天文台跡
切絵図には天文屋敷とある。
正確な暦を作るには天文台が必要であった。そのため幕府は天明2年(1782)それまであった牛込から御蔵前片町の裏手に天文台を移し、天文、暦術、測量、地誌編纂、洋書翻訳を行う施設とした。高さ約9.3mの築山上に約5.5m四方の天文台が設けてあった。天文方の役人高橋至時が寛政の改暦に際し観測した場所であり、又、伊能忠敬が全国測量以前に深川の自宅から通った所でもある。北斎の「富獄百景」のうちの'鳥越の不ニ'にはこの浅草天文台が描かれている。天体の位置を測定する器具「渾天儀」が据えられている絵である。明治2年新政府により廃止された。