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浅草橋周辺の26史跡説明
この史跡説明は台東区設置の現地説明板や同区発行の諸本、民間発行の史跡関係諸本、又、江戸地誌研究家の話を参考にしてまとめたものである。
(23)餌鳥屋敷跡
鷹狩につかう鷹の餌(スズメ)を保管していた場所を餌鳥屋敷といった。鷹の餌を餌差方役人に代行して捕らえる餌鳥請負い人の拝領地で、享保12年(1727)町屋になった。屋敷内には5m×14mと5m×4.5mの2階建て鳥小屋があった。嘉永(1848)から万延(1860)にかけての記録によると年平均438,000羽のスズメがお鷹部屋に納入されている。(碑や説明板は特に無い)
《切絵図には飼鳥屋敷となっているが、正しくは餌鳥屋敷である。切絵図にはこうした誤りがけっこう多い》

総武線高架ガード名に、餌鳥町でなく何故か飼鳥町の名がみえる。ちなみにJRや私鉄のガードには江戸期、明治期の町名がついていて古地図歩き愛好者を喜ばせる。