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『雑学クラブ』たより
浅草橋に80年以上住んでおられる、鈴木守氏の情報コーナー
【雑学クラブ】とは・・・・・
鈴木守氏が主催する雑学研究クラブ。月に1回第2土曜日、午後2時より
東上野区民館にて、毎回テーマを決めて、研究発表を行っています。
鈴木守氏プロフィール
大正15年5月29日生 東京市浅草区猿屋町6番地出身(現在の町名は台東区浅草橋3丁目)
この地に80年以上住まわれている、町の生き字引的な方。書道家・詩吟師匠
     台東区浅草橋三丁目町会会長
     台東区老人クラブ浅三笑和会会長
     青硯書道会常任参与 雅号(基水)
     詩吟神風流総元代範 雅号(神凌)
     元トヨタ自動車研究所 技士
鈴木守氏の作品
No.3 江戸文化(下町文化)の紹介ということで“江戸花火”“江戸の見せ物”“ドースル連”“活動写真”についてのお話です。 2008年3月26日
江戸花火
 万治2年(1659)大川に両国橋が架けられた年に、大和の篠原村から現れた人が横山町に店を出し「鍵屋」と号し代々弥兵衛を世襲した。
享保2年(1717)花火師 鍵屋弥兵衛が水神祭に“献上花火”を上げたことに始まる。
両国橋をはさんで川上側が玉屋、川下側が鍵屋と場所が定まっていた。
柳橋側で花火が上がると玉屋!!、浜町側で花火が上がると鍵屋!!、と見物人から声が上ったのである。
 さて日本の花火は球形なので、空中で開いた時同心円になるのでどこから見ても丸く見えるが、外国の花火は筒形なので、一方向に吹き出して柳の様になりだらだらと落ちてゆく全く違った形になってしまうのである。

江戸見せ物
 江戸時代 両国橋の浜町側(西側)は見世物小屋が立並んで大変にぎわっていたが、明治に入ってから浅草の方が盛んになって行った。
ナリモノ(鳴物)−猿芝居、軽業、手品等で音曲に合せて行った
チンブツ(珍物)−イカサマ(ごまかすもの)、おおいたち、ロクロックビ
オッピラキ(押開き)−開放的な見世物 ヌード、エログロ

ドースル連
 今で云うおっかけ連で義太夫と云えば大阪だが、明治20年代になると東京の寄席は娘義太夫が人気を呼んで最盛期を迎えた。
特に竹本綾之助という天才少女が男髷で出たことに端を発し、最盛期には熱狂的ファンが組織(グループ)を作りひいきの娘義大夫になるとさわりの所で、ドースル、ドースルと掛声をかけ大騒ぎをした。そしてドースル連となった。
メンバーは青年達で書生、若旦那、坊ちゃん、銀行員、店員、職工までいたとのこと。

活動写真
 大正に入ると庶民の娯楽は映画に移った。日本に輸入されたのは明治20年以降で特にフランス映画「ジゴマ」が浅草金龍館で明治44年に公開されると大ヒットになった、怪盗ジゴマを追う探偵物で波乱万丈、スピードとトリックが受け大人気になったのである。次に現はれたのが尾上松之助の目玉の松っちゃんである!!
No.2 折り紙つきの折紙とは?
浅草橋界隈には昔から文具関連会社が多くありました。そこで今回は文房具にちなんだ話題を紹介します
2008年3月10日
 雑学の諸君も折紙つきの優秀な方ばかりと云われるとその気になるでしょう。では一体折紙とは何か?まさか千羽鶴や、やっこさんを折った紙がついて来るとは思わないと思います。
 実はこれは江戸時代、刀剣鑑定の権威だった本阿弥家(ほんあみけ)の出した鑑定書のことを言います。その当時、武士の魂である刀にはそれを作った職人(刀鍛冶)の銘が刻まれており名高い刀匠による日本刀は高値で取引されていました。
 ところが何時の時代でも必ずニセ物が出回った為に本阿弥家が鑑定して真正(ほんもの)と認めた刀に鑑定書をつけました。その鑑定書が二つ折りの紙だったので、そこから真正のものを鑑定書つきという意味で折紙つきと呼ぶようになりました。
 又絵画、セトモノなどにも同じような折紙が使われ、十分に信用できると定評のあるという意味で折紙つきと言葉が一般にも広まっていったのです。
 同じ様な意味で極(きわ)めつきという言葉もあります。これは江戸時代錦絵など“当局の保証済み”という意味で丸に極の印を押したことに由来します。
No.1 鈴木氏の昭和18年当時の思い出 2008年2月29日
 当時、台東区浅草橋3丁目にある育英小学校の横には、図のような店が並んでいました。しかし、それらは全て木造だった為、戦火から小学校を守る目的で、全て取り壊しになりました。その作業は住民総出で行ったとの事。鈴木氏も2階の柱にロープをくくりつけ、引っ張った記憶があるそうです。おかげで育英小学校は戦火から逃れることが出来ました。
現在の写真
当時の街並み

約60mの長さの場所に、14軒建っていたわけですので、1軒平均4m
ぐらいの店だったということになります。
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